SARI 8421 ART WORKS Essay


SARI8421-Essay

【青の洞窟】

The Blue Cave

私は小さい頃から足繁く通う場所がある。
そこは嫌なことがあったり、 泣きそうになったり、誰かにあたりそうになったり、
何かしらの感情が高ぶった時に 感情を沈める為に行く場所だ。

嫌な事だけではなく、
嬉しい事、楽しい事があっても 私はそこに沈めに行った。

青い洞窟の中は入って奥の方に 大きな湖がある。

濃紺で底が見えず、少しドロッとしていて沼に近いかもしれない。
湖の側に座り、感情を圧縮する事に集中する。
両手の掌で包めるくらいの球体をイメージし、感情を少しずつ固めていく。
サーっと血の気が引いていく、
視界が歪んで重なって見える 、耳鳴りがする、寒気がする
麻酔を打たれたように感覚が溶けていく。

ぽっかり何かが抜け落ちてきて
両手の中にイメージしていた球体が現れた。
球体には、単色の色がついていた。
毎回色が違うのは、その時の感情の色によるのだろう。
ただ、これが何なのか、さっきまでどんな感情だったのか思い出せないことや、あまり触れていたくないことなど、いつもの事なので淡々と作業をこなすだけだ。

こじ開けて侵入してくるような、はっきりとは分からないが、ふわふわとした声のような波紋が流れ込んでくる不快感に掻き回されそうになる。
圧縮し終えた球体を、白い紙で包んでいく。
紙で包む際、折り目は一切つかず、粘着はないが綺麗に隙間なく張り付いてくれる。
質が布に近いので紙とは言い難いが、私の中ではこれが紙なので、このまま続ける。
紙で包んだ白い球体は、先程と比べて触れてもあの不快感を近くで感じる事はなかった。
ずっと遠く、狭い空間で声か波紋が波打ちながら私を探している。
何故私を探してると思ったのだろう。
何か生き物でも目があるわけでもないのに、視線が何処を向いているか分かる。
緊張で身体中にヒビが入る。
心臓を何かが掠める。
嫌だ嫌だ嫌だ怖い触らないで。
なんで此処に来たんだっけ。
思い出せない思い出したくない。

頭痛に噛み付かれ、目眩に嗤わらる。
手の中の球体を、湖に投げた。
水飛沫はない。音もない。
湖に引きづり込まれていく球体を、完全に見えなくなるまで、私は見送り続けた。

湖に沈んだ球体は、早くて数時間、遅くて数年後に前触れもなくポコっと浮かび上がってくる。
白かった紙は鉛色に変わっており所々濃くなっている。
掬いあげるまで沈む事もなく静かに浮かび続ける。
掬いあげるのは簡単だが、触れると投入した当時の感覚や感情が伝わってくるので、正直触れたくない。
掬いあげようと手を触れた瞬間、予想通りの不快感が流れ込んでくる。
目眩に手をとられ、くるくると踊らされて、耳鳴りが思考を喰らっていく。

あの視線を感じる。声を感じる。
光沢のある鉛色の球体を見つめていると、生き物のように意思があるのではないかと思う時がある。
いや、きっと意思として確立しているんだろう。

球体をすくいあげ、包んでいる紙を剥がしていく。
以前より軽くなっているが、底知れない寂寞が絡みつき、その当時の感情や情景が一気に蘇ってくる。
球体本来の色は赤や緑色だったはずだが、包んでいた紙と同じ色、鉛色に変わっている。
もう球体自体は抜け殻なので、そっと地面に置き、手に残る鉛色の紙の内側へ目を移す。
外側は鉛色だが、球体に貼り付いていた内側には、抽象画が描かれていた。
意思を持つその抽象画は、私の姿を捉え、私はそれと目が合う。
意識が解けて、呑み込まれていく。

そうして、抽象画の中へ放り込まれた私は、意識だけの存在や、花や水晶など生き物そのものになり、その世界を漂う。
柔らかな薄紫の雲に包まれながら、ゆらゆらと楽しそうに踊る月を眺めていたり、橙色の光が咲き乱れくるくると万華鏡をいくつも重ねて回したような空間にいたり、多種多様な世界に放り込まれる。
綺麗で幻想的な世界に行けるのは稀で、大半は底気味悪い空間に居たり、追われ殴られ、逃げられず半死半生の状況に陥ったりする。

暫くして意識が自分の身体に戻った後も余韻が纏わりつき、ぼーっとしている。

洞窟に入って奥が湖、左側の壁にはこれまでの抽象画が所狭しと貼られている。
もう貼る場所はない。
すでに何枚かは他の絵に少し被さってしまっている。
仕方ないので、絵があまり重ならない場所を探し、持っている絵を貼った。

抜け殻(鉛色の球体)はツルツルしているのに転がらないので、洞窟の右側の隅に積み重ねて置いてある。

湖には鉛色の球体が5つ静かに浮いており、いつのものだろうかと思うだけでまだ掬えていない。
気力が十分にないと精神的に参るというのもあるし、絵を貼る場所もない。
あと何個沈んでいるのだろう?
今日、また上がってくるかもしれないし、明日かもしれない。